色のない緑

ゲーム、アニメ、本の感想など書きます。主にTwitterの補完的な記事です。

『生物と無生物のあいだ』を読んだ

福岡伸一先生の『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)を読みました。 新書を手にしたのは、昨年8月に宮口幸治先生の『ケーキの切れない非行少年たち』を読んだ時以来なので、実に半年ぶり。

本書は、ある問いかけから始まります。

人は瞬時に、生物と無生物を見分けるけれど、それは成分の何を見ているのでしょうか。そもそも、生命とは何か、皆さんは定義できますか?
(『生物と無生物のあいだ』3ページより抜粋)

本書では、「生命とは何か」についての答えを導く上で、生物学の研究結果や研究者にまつわるエピソードを交えながら、生命のふるまいを分かりやすく書かれていました。
ここでは、気に入った描写や表現を抜き出して、感想を述べてきます。

動的平衡がもたらす「変わらない」について

構成する栄養素が絶えず入れ替りながら、その機能を構成していくというふるまいは、ハッとさせられました。
汗をかく、排泄する、髪の毛が抜け落ちる。身体から様々なものが失われるが、それを補うために食物から栄養素を摂取していく。 いわゆる「代謝」という行為の本質に触れたような気がします。
当たり前の事をこうやって言語化されると、なにか新しい発見をした気分になります。

ここで書かれている「代謝」は、生物だけでなく日常生活にも当てはまる、まるで『コンビニ人間』の恵子の考えを想起させました。

店長も、店員も、割り箸も、スプーンも、制服も、小銭も、バーコードを通した牛乳も卵も、 それを入れるビニール袋も、オープンした当初のものはもうほとんど店にない。ずっとあるけれど、少しずつ入れ替わっている。
それが「変わらない」ということなのかもしれない。
(『コンビニ人間』57,58ページより抜粋)

この「変わらない」という感覚を、本書では生命という系(システム)という観点から言語化されていて、なにか教養の繋がりを得た感覚になりました。 『コンビニ人間』を読んだ直後に、本書を薦めてくれたフォロワーの方に感謝です。

生命の神秘性

私は幼い頃からコンピュータやゲームが好きで、高専に入っても電気・情報工学を専攻し、今はコンピュータエンジニアとして働いています。
物理やコンピュータは好きだったけど、生物学はあまり好きではありませんでした。

しかし、そんな生物学に興味がない私でも、生物学の難しさや生命の神秘性を本書から感じざるを得ませんでした。

私たちは遺伝子をひとつ失ったマウスに何事も起こらなかったことに落胆するのではなく、何事も起こらなかったことに驚愕すべきなのである。動的平衡がもつ、やわらかな適応力となめらかな復元力の大きさにこそ驚嘆すべきなのだ。
結局、私達が明らかにできたことは、生命を機械的に、操作的に扱うことの不可能性だったのである。
(『生物と無生物のあいだ』271ページより抜粋)

本書の例を借りると、テレビの音を出力するパーツを取り除くと、テレビから音が出なくなる。私たちエンジニアにとっては当たり前の因果ですが、生物学にはそれが通用しない。
生物からあるDNAが失われても、補完的な関係にある他のDNAから時間をかけて復元されて、機能を失われずに済む。
そこに時間という不可逆性が密接に関わっていることが、我々人間が生命に対して干渉できないことを示唆しているのではないでしょうか。

印象的な描写

その他、印象的だった描写を箇条書きで書き記します。

仮説と実験データとの間に齟齬が生じたとき、仮説は正しいのに、実験が正しくないから、思い通りのデータが出ないと考えるか、 あるいは、そもそも自分の仮説が正しくないから、それに沿ったデータが出ないと考えるかは、まさに研究者の膂力が問われる局面である。 実験がうまくいかない、という見かけの上の状況はいずれも同じだからである。ここでも知的であることの最低条件は自己懐疑ができるかどうかということになる。
(『生物と無生物のあいだ』67ページより抜粋)

仕事やプライベートでも、自分が正しいという思い込みは捨てて、客観的に考えることは大事ですよね。

シュレーディンガーが、なぜこのようなことを諄々と説明したかのといえば、物理法則は多数の原子に関する統計学的な記述であること、 つまりそれは全体を平均したときにのみ得られる近似的なものにすぎない、という原理を確認したかったからである。
(『生物と無生物のあいだ』140ページより抜粋)

全てが法則の通りに動くということでなく、あくまでも平均した時にそうような傾向が見られるということに気が付かせてくれました。

時間という乗り物は、すべてのものを静かに等しく運んでいるがゆえに、その上に載っていること、そして、その動きが不可逆的であることを気づかせない。
(『生物と無生物のあいだ』269ページより抜粋)