色のない緑

ゲーム、アニメ、本の感想など書きます。主にTwitterの補完的な記事です。

『トリトンの火』を読んだ

ダイレンカリアのC94作品『トリトンの火』を読みました。 www.melonbooks.co.jp

当サークルの作品に触れるのは、『シルエット』『Android』『百合色50%』に続いて4作品目です。

最初に感じた違和感

私が本作品を読み始めた時の第一印象は、"わからない"という違和感を感じました。 読み進めていくにつれ、その違和感が次第に大きくなっていった。 124ページあたり――神戸の花火大会で千月と凛々子の関係が悪化してしまうあたり――まで読み、 作者の雨宮しずれ氏 @na_naiyou に、この違和感を思わずリプしてしまいました。

ただ、本作品を読み終わった後では違和感が解消され、雨宮氏の思惑通り(?)となりました。 (ここから先はネタバレを含みます)


神戸の情景と思春期

作中では、神戸の町並みを細かく描写されています。

からんと、下駄を鳴らして凛々子は再び歩き始める。私たちは第四突堤の対岸にあるポートアイランドへ向かって移動していた。 間もなく日は沈もうとしている。お互いに映し合う群青色の空と海が、赤銅色に染まる水平線上の帯を上下に挟む。浜からは潮の香りが、山からはひぐらしの鳴き声が寄せては返し、暮れなずむ黄昏に混ざり合う。盛夏の割に日が傾くと今日は涼しく、生暖かい潮風に頬を撫でられる。
(『トリトンの火』114ページより抜粋)

私自身、神戸は仕事やプライベートでも何度か足を運んだことがあるので、風景を鮮明にイメージできました。

本のカバーの後ろ袖に書かれている雨宮氏のプロフィール欄でも、「山と海と、花と緑の美しい街・神戸。その素晴らしさが少しでも伝われば幸いです」と述べている。 どちらかというと、町並みを細かすぎて、話のメインが人物から風景に行きそうになると思いました。 しかし、これだけ詳細な描写されている理由は、思春期真っ盛りの千月や小春は周りのことに敏感であることを示していると解釈しました。

自分の感性を磨き、役者として成長したい。演劇部という表現の舞台で生きる彼女たちは、そういう感情を無意識のうちに抱いているのかなと思いました。 風景と登場人部の心情の描写のバランスが調和して、良い作品にまとまっていると思います。 もちろん、風景以外にも登場したクラシック音楽や小説、様々な作品から得られるインスピレーションも彼女らの成長に繋がっているのかなと思いました。

千月と凛々子の関係

本作品を読み終わった直後、花火大会でギクシャクなってからの凛々子との関係が物足りなさを感じました。 ちゃんと仲直りもしたし千月自身が凛々子の恋愛を応援している描写もあって後腐れない感じが、千月自身が凛々子に対する恋心をすぐに捨ててしまったように思えてきて、なんとなく納得できませんでした。

しかし、読み返すと花火大会での千月と凛々子のシーンが気になりました。

凛々子の示唆することはわからないでもない。無警戒のまま男子と多くの接点を持つと、彼らに告白する機会を与えてしまう。私はなんとなくそれを学習していた。そして無意味な不幸を生まないためには、それらを未然に避けるべきであることも知っていた。

(中略)

「たぶん世の中にはたくさんの種類の『好き』があって、彼らの言う『好き』は私の思う『好き』と違うんだと思う。この人となら今すぐじゃなくてもいつか分かり合えるときが来るだろう、なんて予感が少しでもあればいいんだけどさ。そういう感覚って今までにあったことないんだよね」
「ふぅん」
凛々子は足元に目を伏せていた。頭の後ろで結わえた髪が持ち上がり、白いうなじがあわらになる。私は凛々子に今までと違う感情を抱いていることを自覚しつつあった。でもそれは凛々子だけに対する特別な感情ではないということも、なんとなく分かっていた。
(『トリトンの火』116,117ページより抜粋)

きっと千月は、一時的な感情で人を『好き』になることは相手にも失礼であり、中途半端な感情で作られた関係を嫌っており、その感情を凛々子に向けていることを気づいていたのでしょう。だからこそ、花火大会でギクシャクした関係になった後、これ以上に凛々子に自分の踏み込まないようにしようと考えたのではないかと思いました。

千月と小春の関係、芯の強さ

メインキャスト4人の中で比較すると、凛々子・一花が演者としての才能に恵まれている。一方で、千月と小春はお互いに似たような芯の強さを持っている。

千月が小学6年生で学芸会をする機会があったときに、やはりクラスメイトとギクシャクした経験があったことを示している場面。

他の誰かを蹴落として今の役を得ている以上は、それに見合ったレベルの演技を果たさねば周囲に示しがつかないのは、当然のことであった。私は今、あの頃の悔いを晴らすべきときなのだと思った。
(『トリトンの火』52ページより抜粋)

また、千月と凛々子の関係がギクシャクしている時の小春のセリフ。

「誰かに依存していると、その人がいなくなってしまった途端、立ち行かなくなる」
(『トリトンの火』167ページより抜粋)

そして、鈴蘭祭を目前に2度目の登山に行く千月と小春のやり取り。

「私一年の頃、地下と一緒んクラスだっただけど、私が主演に選ばれちゃってさ」

(中略)

「好きじゃないんだよねシンデレラって。ま、それは置いといて、劇はうまくいったけど、私にとっては成功じゃなかった」
小春先輩は空になった紙コップの底を折り、ぺしゃんこに潰してまた二つに折る。
「私はチカの才能を潰したくないんだよ。どんなに優れたものを持っていても、それは人に認められなければ何の意味も成さない」
一花先輩の花形としての存在は、小春先輩の下支えによって成り立っているのか。
「あの…一花先輩のことを否定するわけじゃないですけど、小春先輩が一番役者としての適性があるって、菜々美さんが言ってました」
「本人にも同じこと言われたよ。でもそういうのじゃないんだよね。才能とか、適性とかの問題じゃなくて、ほんとにやらなきゃいけない理由のある人がやるべきだよ」
(『トリトンの火』249ページより抜粋)

千月が悔いを晴らすためにリンフォーネ役に打ち込んでいたが、実際それは彼女の本心ではなかったのかもしれない。本当は、小春が一花を支えているように、凛々子のことを支えたいと思っていたのではないかと考えました。 小春の演者としての、人としての在り方に千月は惹かれていったのかなと思いました。

"アンバランス"の中に存在する調和

作中では、秋奈が書いているホームページが『トリトンの火』で登場しており、秋奈と千月は以下のような会話をしています。

「なんでトリトンの火なんですか?」
海王星の衛星だよ、トリトンって」
「それは知ってます」
ずい、と私は身を乗り出す。
「火、の部分は何ですか」
音が止み、曲が途切れる。
「火は、火だよ」

(中略)

トリトンはね、いつか消えてなくなっちゃうの」
昔話でも始めるような口調で、語り出す。
海王星の公転と逆向きに回っているせいで、トリトンはその動きにブレーキがかかって、海王星へ向かって落下し始める。そのとき、ある一定のラインまで軌道が下がると、トリトン海王星潮汐力に耐え切れず引き裂かれてしまう運命なの」

(中略)

「永久不変のように見える夜空の星にも私たちと同じように命があって、始まりと終わりがある。ただその尺が違うだけで、儚さやかけがえのなさは変わらない」
(『トリトンの火』222,223ページより抜粋)

大変心に刺さりました。今を生きる現代人にももちろん当てはまりますが、青春小説の本質を突いているなと。 違う者同士が惹かれ合い、そして惹かれあったがゆえに――作中で述べているトリトンのように――、いつかは滅びに至る運命でもあっても、なんとかバランスを取り、今を生きる姿を切り取る。 最初はギクシャクしていた演劇部やメインキャスト4人の関係性がそこに当てはまっていて、神戸という舞台で生きる彼女らの青春にかけがえのなさが強調されているのを感じました。

その他良かったところ、気になったところ

  • 本作品に登場する楽曲、花(言葉)について
    • ロケ地が書いてるのは聖地巡礼オタクにはたいへん助かります。 次、神戸に行った際は、回ってみたいと思います。
    • 花言葉も書いてありました。確かに、情景の描写で花がたくさん出てきたけど、花言葉までは気にしなかった。 2周目読む時は、花言葉まで意識して読みます。
  • イラストを担当した涼枝氏@sccsuzuedaが描いたメインキャスト4人の中だと、千月が1番好きです。カバー袖に描かれている千月、耳に髪をかけるしぐさがセクシーでした。あと、表紙の凛々子の衣装はへそが出ててエッチだな思いました。
  • 舞台『デビルグラス』の配役と人物についても考察したかったけど、『デビルグラス』の内容がイマイチ頭に入ってこなかったので、次は重点的に読み返してみよう。
  • 千月と凛々子がラブラブになる物語も読んでみたい。