色のない緑

ゲーム、アニメ、本の感想など書きます。主にTwitterの補完的な記事です。

『キミノスケープ』を読んだ

百合SFアンソロジーの『アステリズムに花束を』の『キミノスケープ』を読みました。短編集の1作品目から大変エモかった。

アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー (ハヤカワ文庫JA)

アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2019/06/20
  • メディア: 文庫

高度な百合

本来、百合だと女の子同士のラブを表現するのが一般的ですが、本作品の登場人物は女性1人「あなた」しかいません。 強いて言うのならば、語り手と「あなた」の行く先々で言葉を残した人が登場しますが、実体が存在するかは描かれていません。
しかし彼女らは、ある時は「あなた」が歩む先々で言葉や痕跡を残し、またある時は「あなた」を恋人や母親のように優しく見守り、物語に介入してきます。「あなた」はそれを感じ、時には感情を揺さぶられ、日に日に言葉や痕跡に対して敏感になります。
この一連のやり取りは、まさに恋愛そのものだと私は解釈しました。
生身の女性二人が実在しないのに、百合だと感じさせられ、このやり取りを愛おしいく思えさせる作者の技量が素晴らしいと思いました。

孤独に対して向き合う旅

本作品では、顔も声も知らない相手のことを知りたい、感じたいという気持ちを扱っています。
それは、現実を生きる我々にも身近に在るのではないでしょうか。
SNSにおけるフォロワー、匿名掲示板への書き込み、会ったことない人ともインターネットを通じてやり取りする時代になりました。その言葉はAIによる返信かもしれないし、他人になりすまされたものかもしれない。このような現実と仮想の区別が曖昧なバーチャル化された世界では、言葉の発信源に実体が在るかどうかなんてはあまり意味を成さないような気がしてます。
しかし、このようなバーチャル化された世界でも、言葉を介して繋がっているという安心感を得ることは普遍的だと思います。
人はどのような時代においても心のどこかで孤独を感じながらも生きている。そして、その孤独を埋めるものを探すために、今日も人生という名の旅へ出る。決して、人は孤独に対して強くはないからこそ、なにかにすがって生きていることを肯定してくれるような物語のように感じました。

最後に、本書のまえがきが強烈に印象に残りましたので言葉を引用します。

いずれもSFと百合をテーマに執筆された物語ではありますが、それぞれの作家たちが描く人間と世界の関係性、人が人に向ける感情についての切実さは、あらゆるもの同士が接続できるか故に何もかも不確かになっていくこの時代において、他のどんな文芸にもひけをとらない普遍的な魅力であると、強く実感しております。
(『アステリズムに花束を』6ページより抜粋)